キム・チョヨプの『わたしたちが光の速さで進めないなら』を読んだ。
綺麗で穏やかなSFを読んだ気がした。
綺麗で穏やかなSF
SFというと、未知の技術や壮大な未来、文明の変化を描くものを想像しがちだけれど、この本で印象に残ったのは、そうした大きな設定の中にある人間の感情だった。
遠い場所や未来を扱っているのに、読後感はどこか静かで、激しい展開よりも登場人物が抱えている孤独や願いの方が残る。
この「綺麗で穏やかな」感じは、韓国文学だからこそ生まれる雰囲気なのかもしれない。もちろん、他の韓国SFを多く読んでいるわけではないので、今のところは自分の読書体験からくる印象に過ぎない。それでも、日本のSFとは少し違う温度を感じた。
誰の物語に光が当たるのか
作品の中では、女性を含む、社会の中で「マイノリティ」とされてきた存在に視線が向けられているように感じた。
SFは未来や宇宙を描くジャンルだけれど、どのような人物を中心に置くかによって、見えてくる未来は大きく変わる。技術が進歩した世界を描きながら、そこにいる人が何を諦め、何を望み、誰とつながろうとするのかを描くことで、未来の話が現在の社会にもつながってくる。
大きな歴史や社会の中心からこぼれ落ちてきた人たちの感情を、SFの舞台で丁寧に描いている。そのことが、この本の穏やかさと同時に、静かな強さにもなっているように思う。
他の作品も読んでみたい
今回はまず全体の雰囲気が強く印象に残った。細かな設定や個々の作品については、もう少し時間を置いてから振り返ってみたい。
キム・チョヨプの他の作品も読んでみたいと思った。今回感じた「綺麗で穏やかなSF」が、作家の作品全体に通じるものなのか、それともこの本との出会い方によるものなのかを確かめてみたい。
収録されている短編
本書には、次の7編が収録されている。 それぞれ一言だけ感想を書いておく。
「巡礼者たちはなぜ帰らない」
あらすじ
遺伝子操作で差別や欠陥をなくした村で、少女デイジーは、成人の儀式で旅立った巡礼者たちが戻ってこない理由を調べる。
感想
違いをなくすことが、本当に幸福につながるのかを考えさせられる話だった。
「スペクトラム」
あらすじ
異星で遭難した祖母が、言葉の通じない知的生命体と、色彩を使って交流を重ねる。
感想
この短編集の中で一番、脳内イメージが綺麗だった。
「共生仮説」
あらすじ
画家が描いた架空の惑星と、実在する天体、そして乳児の脳内にある謎の知性が結びついていく。
感想
今まで読んだSFの中でも結構、特異な作品だった。 不思議だけど、世界観もちゃんと伝わってくる。
「わたしたちが光の速さで進めないなら」
あらすじ
老女アンナが、遠い惑星に移住した家族のもとへ行くため、廃棄予定の宇宙ステーションで宇宙船を待ち続ける。
感想
タイトルを冠した作品。切ない。 舞台はしっかり宇宙で、途方もなさを感じる。
「感情の物性」
あらすじ
「恐怖」や「憂鬱」などの感情を物体として売る製品をめぐる話。
感想
風刺が効いていると思う。形があるものに固執する。人は何か具体的なものに依存したい。
「館内紛失」
あらすじ
死者の記憶を再現する施設で、ジミンが亡くなった母親の記憶を探す。
感想
家族の関係、特に母と娘というものは結構複雑だよな。
「わたしのスペースヒーローについて」
あらすじ
身体を改造して宇宙へ向かう宇宙飛行士に憧れる少女が、その人物と自分の関係を見つめ直す。
感想
自分がしたいように生きるのがいいなと思った。 貼られるレッテルなんて気にするほど大したものではない。 自分のために努力すべき。
装丁について
装丁もかなり好きだった。
最近は電子書籍を買うことも増えてきたけれど、このシリーズは紙の本で集めたいと思った。装丁を手がけている人が誰なのかも気になる。
調べてみると、装画・挿絵はカシワイ、装幀は早川書房デザイン室だった。表紙の絵だけでなく、本全体の雰囲気が好きだと思っていたので、イラストと装幀の担当が分かれていることも含めて興味深い。
(書誌情報は早川書房の商品ページ参照)