感想
解説がしっかりしていてよかった。
『コンタクト』には、当然こういうパターンもあるよなと思った。未知の知性と出会ったからといって、すぐに意思疎通や相互理解が成立するとは限らない。相手が知性を持っていることと、こちらがその知性を理解できることは、別の問題だからだ。
人間に理解できることなんて、この世界のほんの一部なのだろう。
『ソラリス』では、人間は惑星を覆う知的な海に近づこうとする。観測し、理論を立て、現象を説明しようとする。しかし、海が何を考えているのか、何を伝えようとしているのかは、最後まで人間の意味で確定しない。
その距離感がよかった。人間の側からは、相手を理解するためにあらゆる知識や技術を動員している。それでも、理解できないものは理解できない。未知の存在を人間の物語に回収しきれないところに、この作品のおもしろさがあると思う。
ウィトゲンシュタインの「もしライオンが話すことができたなら、私たちは彼を理解できないだろう」という言葉を思い出した。問題は、相手が言葉を話せるかどうかだけではない。相手と私たちが、言葉を使う生活そのものを共有しているかどうかだ。
『ソラリス』についてのこの考えは、「もしライオンが話すことができたなら」──理解は共有された生活から生まれる にも書いた。
読後に残ったこと
SFというと、未知の文明との交流や、宇宙規模のコンタクトが成立する物語を想像しがちだ。けれど、現実には、相手があまりにも異なる存在なら、出会うことと理解することの間には大きな隔たりがある。
その隔たりを埋められないまま、それでも相手を観測し、考え続ける。『ソラリス』は、人間の知性の可能性だけでなく、その限界も描いているように感じた。